解像度向上日記

生活と文章に対する解像度を上げていくためのブログ

ビルドする異邦人

 香山哲さんの『ビルドの説』というWEB漫画(連載中)が好きでよく読み返している。

http://kayamatetsu.com/dp_comc/p_c_9.html

 詳しくはリンク先から読んでほしいのだが、「ビルド」とは「生活・快適・充実を新しく組み上げる術」と定義される。見知らぬ土地で居心地のいいカフェを見つけるといったささやかなこともビルドである。究極のビルド三昧として生活目的で海外生活をする筆者の経験をもとに、ビルドに関するノウハウや持論が紹介されていく。堅い紹介をしてしまったが、絵のタッチや独特の手書き文字も素敵なのでぜひ読んでみてほしい。

 さてそういうわけで、私も現在モロッコのラバトでビルドをやっている。この2日間は研究をするための手続きやアポイントメントで忙しかったが、その合間にも色々と生活環境を整えることができた。今回はラバトでの衣食住について紹介する。

 

①衣

 普段スカートを履くことが多いので、持っている数少ないズボンとしてデニムを持ってきたが失敗だった。暑いし乾かないしかさばるし洗いづらいしで、夏の長期滞在には向かない。薄手の7分丈〜長ズボンがメディナの土産物屋で1枚50DH(1DH≒11.8円)ほどで買える。柄も無地から少し前に日本で流行ったような花柄、南国っぽいものまで様々だ。ラバトのメディナはかなりの確率で値札がついており(負けてもらえない代わりにぼったくりの心配がない)、値札が無い店でもだいたい同じ値段でものが買えてストレスが少ない。フェズやマラケシュに行くまでに衣類はラバトで揃えておこうと思う。

 ズボン2枚のほかに、同様の値段でサンダルとスカーフを買った。サンダルは靴下を洗う手間が省けるのが良い。安宿の水回りを快適に過ごすにも便利だ。スカーフは可愛いデザインのものを衝動買いしてしまったのだが、今のところ活躍の場が無い。ムスリマのように頭に巻いてみたが、半袖で腕丸出しのままだと違和感がすごいので、長袖の季節になるまで待とうと思う。モロッコはマーリク派という法学派(イスラーム法学は宗教実践のあらゆる場面、すなわち日常生活に関わるものであり、法学派によって礼拝に関する厳格さや生活上の諸々の規範が微妙に異なる)が主流であり、カサブランカのクトゥビーヤモスクといった例外を除いて異教徒がモスクに足を踏み入れることがそもそも許されていない。そのためスカーフが無くて困るという事態は、都市部にいる限り無いようだ。

 

②食

 モロッコ料理といえばタジンだが、まだ一度しか食べていない。というのも前々回の記事で紹介したようにホテルの朝ごはんの量が多く、ランチはスキップしてしまうことが多いためだ。

practicewriting.hatenadiary.jp

とはいえ夕食まで何も食べないというのも厳しいので、メディナの屋台をよく利用する。食べてみてとても感動したのはエスカルゴのスープだ。頼むと小さい椀が2つ出てきて、一方にスープ、一方にエスカルゴが入っている。


f:id:practicewriting:20180828221439j:image

写真は小サイズで5DHだが、10DHで両方大きい椀にしてもらうこともできる。屋台周辺からは少し鴨川みたいな匂いがするが、スープ自体はエスカルゴの爆発的な旨味に塩胡椒とその他のスパイスが効いていて、臭みもなく非常に美味しい。エスカルゴの身の方はサイゼのそれよりもよく見るカタツムリに近く、触覚も残っているので苦手な人は少ししんどいかも知れないがコリコリして美味しい。やっと空腹になってきた15時頃に飲むと満足度が高く、夜まで腹持ちする気がする。

 ほかに目を引くのはサボテンの実だ。


f:id:practicewriting:20180828221528j:image

1個1.5DHで皮をむいて渡してくれる。味と繊維感は、瓜とパパイヤ・マンゴーの中間という感じでみずみずしい。中心部に直径2mmくらいの固い種が大量に入っているが、飲み込むとお通じにいいらしい。

 そのほかにも各種フルーツの屋台や肉類の鉄板焼きの屋台があるのでいずれ買ってみたいと思う。モロッコのレストランは量が多く一人だと持て余すことが多いので、友達を作ってシェアするなり屋台をうまく使うなりしていい感じにしていく余地が大きい。

 

③住

 一番ビルドが進んでいないポイントだ。個人的に一番困っているのがシャワー。今滞在している素泊まりの安宿はお湯が出ず、夏なので凍えこそしないがちゃんと洗えている気がせずかなりしんどい。ハンマーム(公衆浴場)に行くというのも難しい場合がある(女性は特に)。今回は空きペットボトルに水道水を貯めて、日中に太陽光で温めたもの(たぶん30℃〜人肌未満くらいになっている)をシャワーの一番最後に浴びて暖をとった。私は平らで適切な気温ならどこでも眠れるタイプなのであまり問題なかったが、騒音や清潔さに敏感な人はそちらも対策が必要かもしれない。

 ホテル暮らしにとって住は費用対効果のシビアな問題で、かつ多方面から攻略できる問題でもある。語学力(アラビア語とフランス語)があればフロントの人と仲良くなってお湯を沸かしてもらうこともスムーズに行くかもしれないし、いっそのこと髪をベリーショートにしてしまって(セルフカットでスカーフをかぶってしまうという手もある)洗髪を楽にしてもいいかもしれない。行ける体調になればもちろんハンマームにいくのも良いだろう。まあ語学を上達させるのが生活のあらゆる面で潰しが聞くので先決だが……。

 

 ここまでビルドができたりできなかったりしている様子を書いてきたが、そもそも上記のように自覚的にビルドをやっているのは、海外という環境があらゆる面で生まれ育った日本社会のそれと大きく異なるからである。例をひとつ挙げてみるとすれば車のクラクションがある。モロッコでは交通インフラやルールが整っていないせいもあり(壊れている信号が多く、標識の種類も非常に少ない)、連打から長押しまで非常にカジュアルにクラクションが鳴らされる。大通り沿いのカフェにいれば、30秒間1度もクラクションを聞かないということは無いように思う。私は警告音の類が苦手で、クラクションを聞くとしばらく心がざわついてしんどいのだが、ここまで頻繁に聞かされるとむしろ背景化してしまって全く気にならなくなるし、自分に向けられてもフラットに注意や警告として受け止められる。つまり、私にとってクラクションに関するビルドが必要なのは日本においてこそなのである。海外生活は慣れ親しんだ環境を外部から観察して、そこでのビルドを行う視座も与えてくれる(今回の渡航を機に、日本でも同様の心的態度が取れるようになっていれば一番いいのだが……。少なくとも辛いと感じていた物事が相対化される経験ができたという点で収穫である)。