解像度向上日記

生活と文章に対する解像度を上げていくためのブログ

フェズ滞在

 昨日からトイレとお友達状態になっている。ジュースに入れてもらった氷が良くなかったのか……。目当てだった文書館が今週いっぱい休みということもあり完全に意気消沈している(公式HPもないので臨時閉館のアナウンスが無い)。ホテルに籠もりきりでやることがないのでひたすらYoutubeを見ている(回線の形式? の関係かソシャゲは一切できないが、ホテルのワイファイが強いのが救い)。

 そんなわけで実質1日しか観光できていないが、今回はフェズについて書こうと思う。フェズは聞いていた通りの観光都市で、駅を出た瞬間「タクシー?」と声がかかる。ただ白タクはほとんど無いようで、ちゃんとメーター付きだった。10分も経たないうちに旧市街の入り口バーブ・ブージュルード(バーブアラビア語で門の意)に到着する。


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内側は緑で彩色されている。

迷宮都市の異名に違わず、フェズの街は9000もの通りがあると言われており、本当に入り組んでいる。一応メインストリートのようなものが2本あるが、それを少し外れると方向感覚を失ってしまう。地元の人曰く、旧市街は中心に向かうほど土地が低くなっていて、坂を登っていけば街を抜けられるそうだ。


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道が狭いのでロバも現役。

ただし、大きな通りを外れてキョロキョロうろうろしていると勝手に道案内をしてお金をせびってくる人が多いのでむやみに迷い込まないほうがいいかもしれない。この感じ、去年行ったウズベキスタンと通ずるところがあるが、当時は友人と3人で行ったのでかなり精神的な消耗が少なかったんだなあと今更になって思った。声をかけてくる人に対して人数優位を取れるのはかなり大きい(ちなみに私は今回うっかり非公認ガイドにひっかかって金をむしられてしまい、まだ立ち直れていない)。

 フェズの観光地で今のところ一番良かったのはマドラサ・ブー・イナニアだった。これはマリーン朝最盛期の王アブー・イナーン(ブー・イナニアはこれの転訛)によって建てられたマドラサで、それだけあって贅を尽くされている。ラバトのムハンマド5世廟もそうだったが、モロッコの宗教建築や王宮関係の建築は緑の瓦ぶきの屋根が特徴的で、白い壁に映えて美しい。


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奥のミナレット(塔)はバーブ・ブージュルードから見えていたものと同じ。

中庭を木と漆喰の彫刻、タイルが埋め尽くしていて模様で酔いそうになるほどだった。



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礼拝所は現役。

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イスラーム建築でよく見るけれど、柱ごとにタイルの模様が違うのは贅を尽くしてる感があって毎回テンションが上がってしまう。模様に囲まれて無限にぼんやりできて最高だった。

 明日が観光最終日なのでお腹治ってるといいなあ……。

 



つらくなっている


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 写真は何も考えずに撮ったのに背景との色彩バランスが神がかっている猫ちゃんです。すごくないですか。

 タイトルの通り、完全につらくなっている。モロッコ滞在1週間目を月1で来る体調不良の底で迎えてしまった。22年生きてきてホームシックの類をほとんど感じたことがなかったけれど、まだあと2ヶ月モロッコにいるのか……と思うと日本に帰って卵かけごはんをズルズル貪りたいという気持ちが無限に湧いてくる。モロッコ料理は美味しい(特に乳製品と肉料理)が、慣れ親しんだ味に触れる機会が本当に少ないのがつらい(ヨーロッパの大都市でそこら中にあるカリフォルニアロールの店や中華料理店も全然見かけない)。

 食事以外にも日々の小さいストレスが蓄積している感じがする。声をかけて来る人がどの程度善意なのか下心アリかということを勘ぐるのもかなりしんどい。親切なおじさんについて行ったら(たぶん)マリファナ売買の手伝いを持ちかけられた話(もちろん断った)もうまくまとめられたら後日記事にしようと思う。ラバトは観光都市としては地味なので押し売りやぼったくりは少ないが、その分地元の人がアジア系を見慣れておらず(特に子供から)凝視されることが非常に多い。

 明日から行くフェズは日本人もよく行く大観光都市なので多少は埋没できるだろうが、観光客をめぐるトラブルは多いと聞くので吉と出るか凶と出るか……。  

 

ビルドする異邦人

 香山哲さんの『ビルドの説』というWEB漫画(連載中)が好きでよく読み返している。

http://kayamatetsu.com/dp_comc/p_c_9.html

 詳しくはリンク先から読んでほしいのだが、「ビルド」とは「生活・快適・充実を新しく組み上げる術」と定義される。見知らぬ土地で居心地のいいカフェを見つけるといったささやかなこともビルドである。究極のビルド三昧として生活目的で海外生活をする筆者の経験をもとに、ビルドに関するノウハウや持論が紹介されていく。堅い紹介をしてしまったが、絵のタッチや独特の手書き文字も素敵なのでぜひ読んでみてほしい。

 さてそういうわけで、私も現在モロッコのラバトでビルドをやっている。この2日間は研究をするための手続きやアポイントメントで忙しかったが、その合間にも色々と生活環境を整えることができた。今回はラバトでの衣食住について紹介する。

 

①衣

 普段スカートを履くことが多いので、持っている数少ないズボンとしてデニムを持ってきたが失敗だった。暑いし乾かないしかさばるし洗いづらいしで、夏の長期滞在には向かない。薄手の7分丈〜長ズボンがメディナの土産物屋で1枚50DH(1DH≒11.8円)ほどで買える。柄も無地から少し前に日本で流行ったような花柄、南国っぽいものまで様々だ。ラバトのメディナはかなりの確率で値札がついており(負けてもらえない代わりにぼったくりの心配がない)、値札が無い店でもだいたい同じ値段でものが買えてストレスが少ない。フェズやマラケシュに行くまでに衣類はラバトで揃えておこうと思う。

 ズボン2枚のほかに、同様の値段でサンダルとスカーフを買った。サンダルは靴下を洗う手間が省けるのが良い。安宿の水回りを快適に過ごすにも便利だ。スカーフは可愛いデザインのものを衝動買いしてしまったのだが、今のところ活躍の場が無い。ムスリマのように頭に巻いてみたが、半袖で腕丸出しのままだと違和感がすごいので、長袖の季節になるまで待とうと思う。モロッコはマーリク派という法学派(イスラーム法学は宗教実践のあらゆる場面、すなわち日常生活に関わるものであり、法学派によって礼拝に関する厳格さや生活上の諸々の規範が微妙に異なる)が主流であり、カサブランカのクトゥビーヤモスクといった例外を除いて異教徒がモスクに足を踏み入れることがそもそも許されていない。そのためスカーフが無くて困るという事態は、都市部にいる限り無いようだ。

 

②食

 モロッコ料理といえばタジンだが、まだ一度しか食べていない。というのも前々回の記事で紹介したようにホテルの朝ごはんの量が多く、ランチはスキップしてしまうことが多いためだ。

practicewriting.hatenadiary.jp

とはいえ夕食まで何も食べないというのも厳しいので、メディナの屋台をよく利用する。食べてみてとても感動したのはエスカルゴのスープだ。頼むと小さい椀が2つ出てきて、一方にスープ、一方にエスカルゴが入っている。


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写真は小サイズで5DHだが、10DHで両方大きい椀にしてもらうこともできる。屋台周辺からは少し鴨川みたいな匂いがするが、スープ自体はエスカルゴの爆発的な旨味に塩胡椒とその他のスパイスが効いていて、臭みもなく非常に美味しい。エスカルゴの身の方はサイゼのそれよりもよく見るカタツムリに近く、触覚も残っているので苦手な人は少ししんどいかも知れないがコリコリして美味しい。やっと空腹になってきた15時頃に飲むと満足度が高く、夜まで腹持ちする気がする。

 ほかに目を引くのはサボテンの実だ。


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1個1.5DHで皮をむいて渡してくれる。味と繊維感は、瓜とパパイヤ・マンゴーの中間という感じでみずみずしい。中心部に直径2mmくらいの固い種が大量に入っているが、飲み込むとお通じにいいらしい。

 そのほかにも各種フルーツの屋台や肉類の鉄板焼きの屋台があるのでいずれ買ってみたいと思う。モロッコのレストランは量が多く一人だと持て余すことが多いので、友達を作ってシェアするなり屋台をうまく使うなりしていい感じにしていく余地が大きい。

 

③住

 一番ビルドが進んでいないポイントだ。個人的に一番困っているのがシャワー。今滞在している素泊まりの安宿はお湯が出ず、夏なので凍えこそしないがちゃんと洗えている気がせずかなりしんどい。ハンマーム(公衆浴場)に行くというのも難しい場合がある(女性は特に)。今回は空きペットボトルに水道水を貯めて、日中に太陽光で温めたもの(たぶん30℃〜人肌未満くらいになっている)をシャワーの一番最後に浴びて暖をとった。私は平らで適切な気温ならどこでも眠れるタイプなのであまり問題なかったが、騒音や清潔さに敏感な人はそちらも対策が必要かもしれない。

 ホテル暮らしにとって住は費用対効果のシビアな問題で、かつ多方面から攻略できる問題でもある。語学力(アラビア語とフランス語)があればフロントの人と仲良くなってお湯を沸かしてもらうこともスムーズに行くかもしれないし、いっそのこと髪をベリーショートにしてしまって(セルフカットでスカーフをかぶってしまうという手もある)洗髪を楽にしてもいいかもしれない。行ける体調になればもちろんハンマームにいくのも良いだろう。まあ語学を上達させるのが生活のあらゆる面で潰しが聞くので先決だが……。

 

 ここまでビルドができたりできなかったりしている様子を書いてきたが、そもそも上記のように自覚的にビルドをやっているのは、海外という環境があらゆる面で生まれ育った日本社会のそれと大きく異なるからである。例をひとつ挙げてみるとすれば車のクラクションがある。モロッコでは交通インフラやルールが整っていないせいもあり(壊れている信号が多く、標識の種類も非常に少ない)、連打から長押しまで非常にカジュアルにクラクションが鳴らされる。大通り沿いのカフェにいれば、30秒間1度もクラクションを聞かないということは無いように思う。私は警告音の類が苦手で、クラクションを聞くとしばらく心がざわついてしんどいのだが、ここまで頻繁に聞かされるとむしろ背景化してしまって全く気にならなくなるし、自分に向けられてもフラットに注意や警告として受け止められる。つまり、私にとってクラクションに関するビルドが必要なのは日本においてこそなのである。海外生活は慣れ親しんだ環境を外部から観察して、そこでのビルドを行う視座も与えてくれる(今回の渡航を機に、日本でも同様の心的態度が取れるようになっていれば一番いいのだが……。少なくとも辛いと感じていた物事が相対化される経験ができたという点で収穫である)。

書店と観光

 昨日は先にモロッコ入りしていた先輩にラバトを案内していただいた。

 まず通信会社の人にSIMに通信料をチャージしてもらう。モロッコプリペイド方式で、5ギガが100DH(1DH≒11.7円)でチャージできる。安い。私が使ったのは空港等でSIMを無料配布している(ただしパスポートの写真と引き換え)inwiというところで、20DH分の通話も付いてくる。今のところ都市部だけ動くぶんには十分そうな使用感だ。

 近くに土曜も開いている書店があったので寄る。カウンターに荷物を預ける方式だった。研究関連で欲しかった本が置いてあり、22DHだったので即購入決定。古典は著作権フリーなのもあってか非常に安い。型押しと金色の彩色がされているハードカバーの本も、小型なら30DHからあるようだ。逆に漫画(日本の漫画の英訳版)はかなり高く、進撃の巨人が1冊200DH強で売られていた。日本で言うアメコミみたいな立ち位置か。ほかにワンピース、BLEACHDEATH NOTEFAIRY TAIL、東京喰種、神の雫(!)なども置いてあった。

 その後トラムでムハンマド5世廟へ。トラムは一律6DH。カバー範囲はやや頼りなく、京都市営地下鉄のような感じ。ただラバト自体歩いて回れない規模ではない。旧市街と主要な商店・施設は5キロ四方くらいに収まっている。

 ムハンマド5世はモロッコを独立に導いた王で、その廟は20世紀のものと思えないほど絢爛豪華だ。

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 ドームがステンドグラスになっているのは初めて見た。
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 棺を見下ろす形になるのは問題ないのだろうか……。奥にクルアーンが開かれているのが見える。

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 タイルは柄として彩色されているのではなく、切り分けられた小さい単色タイルが貼り合わされており、手間が惜しまれていないのが分かる。

 モロッコは王権が非常に強い立憲君主制の国で、その当否はともあれ伝統技術が維持されているという側面があるように思う。写真には写っていないが、廟の四隅や入り口には伝統衣装に杖やマスケット銃を携えた衛兵が立っていた。厳しい雰囲気とは裏腹にフレンドリーで、退屈しのぎに話しかけられるなどした。

 そこから2kmほど足を伸ばしてシェラと呼ばれるローマ遺跡へ行った。まだ街の距離感を掴まないまま先輩にリクエストしてしまい、大変申し訳なかった。この日の最高気温は29度と日本の真夏より涼しく湿度も低めだが、日差しがきついのでかなり疲れる。ただ、交差点などに日本ではあまり見ない木が生えていて、みっしりした木陰を提供してくれる(写真)。

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 30分弱歩いてようやくシェラに辿り着いた。案内はフランス語とアラビア語のみでここでも語学の必要性を痛感させられる。先輩に訳していただいたりグーグル翻訳を使ったりしたところによると、ローマ時代の都市の跡で、広場、パン屋、服屋、公衆浴場があったことが分かっているらしい。遺跡の中をかなり自由に歩き回れるのが楽しかった。
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 廃墟になっている遺跡ってどうしてこんなにわくわくするんだろう。

 遺跡の近くにはマリーン朝(13-15世紀)の王の墓もあり、テンションが上がる(高校の世界史ではまず扱われないが、この地域のイスラームに大きな変化が出た時代の王朝なのでもっと知名度が上がってほしい。Wikipediaでは一番面白い部分が時代遅れな見解で切り捨てられているので、いずれ編集したい)。


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 棺の跡。


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 マドラサの跡。

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 荒廃した廃墟に当時の装飾が一部残っているのが非常に良く、脳汁が溢れてくる。ミナレット(塔)の上にコウノトリが巣を作っていた。

 この日はたくさん歩いたので夜には眠くなり、時差ボケが一瞬で直った。観光地については別の機会にまたまとめようと思う。

 

 

ラバト到着

 10月末までモロッコに滞在することになったので、今日から現地での暮らしについて書いていこうと思う。

 

 昨日はパリ経由でラバト=サレ空港に到着し、ホテルにチェックインした。……と書いてしまえばそれだけだが、空港に着いてからがかなり大変だった。

 8月22日と23日はモロッコの犠牲祭(イード・アル=アドハー、イスラーム圏の祝祭で、羊などの獣が神に捧げられる)で多くの人が都市から田舎へ帰っており、昨日の24日も都市部は閑散としている。そのこと自体は日本にいる時からわかっていたので、ホテルを予約する時点で到着予定時刻を?伝えて空港まで迎えに来てもらうよう頼んでいた。「タクシーで迎えに行く」みたいな返事がフランス語で来ていたため、ホテルの人がスケッチブックか何かに私の名前を書いて出迎えてくれるのだと思っていた。

 だが審査と荷物受け取りを済ませてロビーに出てみると、誰もいない。探すまでもないほどがらんとしていた。外でタクシーと一緒に待っているのか? 建物の外にもそれらしき人影は無い。空港のWi-Fiを使ってホテルにメッセージを送ってみる。行き違っているかもしれないと思い空港の中に戻ろうとすると、警備員に止められてタクシーはあっちだと言われてしまった。宿の人と連絡が取れないことを伝えようとするも英語が全く通じない。諦めて示された方向、ロータリーの

向こう側まで行ってみた。

 去年タシケントの空港を出たときは文字通りタクシードライバーや両替を持ちかけてくるおじさんで黒山の人だかりが出来ていたが、犠牲祭直後だからか6人ほどしかいない。それから薄茶のトラ猫1匹。観光客と見るや声をかけてくるのは一緒だ。目的地はどこだと聞かれ、ブッキングドットコムのページを見せながら宿の人と行き違っているかもしれない旨を伝えようとするが、やはりえ通じず。先ほど宿に送ったメッセージに返信がついているか見ようとしたが、空港のWi-Fi範囲外に出てしまっていて確認できない。

 おじさんたちを振り切って空港まで戻るのも面倒になってしまい、最悪の場合宿の人に謝ってお金を払おうと思いタクシーに乗ることにした。値段を聞くと250DH(モロッコディルハム、2018/8/25時点で1DH≒11.7円)。タフな交渉も覚悟していたが、事前に聞いていた深夜の相場価格と一緒だ。拍子抜けするほど良心的だった。

 15分ほど走っただろうか、タクシーが停まり、運転手があれだろうと指をさした。うーん……? 名前が似てるけど違う気がする(同じアラビア語由来の名前だが、アルファベット表記が異なる)。それにブッキングドットコムの内装写真からしてあんな建物じゃないような……。怪訝な顔をするが、運転手は「ほら、地図通りあっちに〇〇(地名)があるはずだから合ってるよ」という感じのこと言う。そんなことを言われても土地勘皆無なのでわからないのだが……。ただフロントが開いているのが見えて、ホテル探しのときに24時間フロントのところが本当に少なかったので、やはりここなのだろうと信じてしまった。

 はい間違いでした。フロントのお兄さんは私のブッキングドットコムのページを見て違うと言った。もちろん予約も入っていない。外を見るとタクシーはとっくに走り去っていた。嘘でしょ……。お兄さんに今いるホテルの場所を見せてもらうと、目的地から1km以上離れている。とりあえずどっちに行けばいいか聞いてみたが、「よくわからない、タクシー捕まえたほうがいいと思う」と言われた。

 礼を言って外に出ると、運良く客を下ろしたばかりのタクシーがいた。地図を見せたところ、宿があるメディナ(植民地以前に作られた旧市街。城壁に囲まれ、外敵を迷わせるために細く入り組んだ路地が続く)の中には入れないが、メディナの入り口までなら連れて行ってくれるという。料金100DH。痛いが深夜なので仕方がない。

 メディナの入り口である門の前で降りる。門の名前が分かればと思ったが、特に表記は見当たらない。街灯も少ない。タクシーの来た道のりから門を仮定して進んでみる。ネットが無いせいでブッキングドットコムの地図を拡大できないので、『地球の歩き方』と照らし合わせながら歩く。と言ってもすぐに地図に載っていなさそうな、人ひとりやっと通れるような路地に当たって見当がつかない。その時、一人の男性に声をかけられた。B系(?)の兄ちゃんという風情でビビったが、英語が話せるようで手を貸してくれるという。地図と住所を見せると付いてくるように言われた。しかし道が分かるわけではないらしい。数メートルごとにたむろしていた人たち(時間のせいか老若は問わないが男性ばかりだ)に聞いては進みの繰り返しだ。B系兄ちゃんも地元の人っぽいが、よくわからないらしい。一応事前に聞いてはいたのだが、アラブ圏の人々の空間認識あるいは地図読みの能力というのは日本に住む人々のそれとかなり異なるらしい。最初のタクシー運転手も悪気があったわけではないのだろう。

 少しずつ進むのを繰り返して、ここじゃない? と言われた。声をかけると中から主人が出てきて、私の顔を見るなり名前を言ってきたので驚いた。どうやら私からの連絡を受けてから迎えに行くつもりで、私がオフラインの間に連絡をくれていたらしい。申し訳ない。B系兄ちゃんはチップの要求もなく"Have a nice trip. Good night"とだけ言って握手して去っていった。いい人だ……。

 甘いミントティーとバタークッキーという、深夜に食べてはいけない最強の組み合わせをご馳走になりながらチェックインをして、シャワーを浴びて寝た。宿の主人はすごく親切な方だが英語は片言のようで、早急にフランス語で自分の要求くらいは伝えられるようにならないとまずいことが分かってきた。とりあえず今日は両替やSIM契約をしてインフラを整えていこうと思う。


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朝ごはん。これに目玉焼きが付いてきた。オレンジジュースが生絞りなのか果肉たっぷりで嬉しい。

バーフバリ感想(ネタバレあり)

 前回から1週間以上空いてしまいましたが、やっと感想を投稿します。3/22に出町座で観た『バーフバリ 伝説誕生』(以下『伝説』)と続編の『バーフバリ 王の凱旋』(以下『凱旋』)について。

 ●あらすじ

・『伝説』

巨大な滝の下で生まれたばかりの赤ん坊を抱き、兵士たちから逃げる老女。濁流に飲まれるが、最後の力で赤ん坊を水面に掲げ続ける。赤ん坊は村人に救われ、子のいない夫妻が彼をシヴドゥと名付けて育てる。老女が力尽きる直前に指し示した滝の上に、シヴドゥは幼い頃から興味を示す。たくましい青年に育ったシヴドゥは、母の制止を振り切って来る日も来る日も滝に挑戦し続け、ある日天女(? 妖精的な存在)に導かれてついに滝の上へたどり着く。彼はそこで天女と瓜二つの女戦士アヴァンティカと出会って恋に落ちる。彼女の一族はかつてマヒシュマティ王国の暴君バラーラデーヴァによって滅ぼされたクンタラ王国の残党であり、クンタラ王国の王女で25年間幽閉されている王妃デーヴァセーナの救出を試みていた。シヴドゥは自らマヒシュマティ王国の宮殿へ乗り込み、デーヴァセーナを救出する。追っ手との戦いの果てに、彼は自分が王子マヘンドラ・バーフバリであり、デーヴァセーナが実の母であることを知る。そして実父アマレンドラ・バーフバリの忠臣カッタッパから、王位継承をめぐるアマレンドラ・バーフバリとバラーラデーヴァの因縁を聞かされる。

・『凱旋』

カッタッパの話は続く。蛮族カーラケーヤとの戦いでの活躍で次期王位継承者に指名されたアマレンドラ・バーフバリは、市井の人々の暮らしを知るために各地を旅する途中、クンタラ王国の王女デーヴァセーナと恋に落ち結ばれる。しかし国母シヴァガミとカッタッパの間の誤解とそれにつけ込んだバラーラデーヴァの陰謀によって王位を奪われてしまう。さらにある事件によってバーフバリ宮廷を追われ、野に下るが、民の間にあってなお王としての才を示し続ける。バラーラデーヴァはシヴァガミを騙して共謀し、カッタッパにバーフバリを殺させた。ついにバラーラデーヴァの陰謀を知ったシヴァガミは、産まれたばかりのバーフバリの息子を抱えて逃亡し、命に替えて赤ん坊を守ったのだった。すべてを知ったシヴドゥはバラーラデーヴァに戦いを挑む。

 

以上のように、勧善懲悪かつオーソドックスな貴種流異譚&父子2代にわたる復讐譚(マハーバーラタが元ネタらしい)である。時系列順に並べると『伝説』後半→『凱旋』前半→『伝説』前半→『凱旋』後半ということになる。

 

 ●感想

 すでに色々なところで言われているけれど、やっぱり映像と音の迫力がすごかった。スケールの大きな映像・壮大な音楽・敵や運命と戦う人々という要素がセットで押し寄せてきて涙腺が緩むレベルで感動させられる。盛り上がるシーンや物語が大きく動くシーンに歌付きの音楽が流れて、字幕で歌詞が表示されて一種のナレーションというか狂言回しになっているのも良かった。作中では同じメロディがシーンによって歌詞や楽器や調を変えて演奏されていたが、iTunesにあったサントラにはメインのバージョンしか入ってないのが惜しい。

 バーフバリ父子は2人とも神格に近い”王”性を持った人物なので、それを示すエピソードも桁外れで面白かった。シヴドゥの滝登りをやめさせたい育ての母がシヴァリンガに1000回水を掛ける願掛けをしているシーンでは、シヴドゥはその巨大な石造りのシヴァリンガを1人で持ち上げる。その瞬間に、それまでいい歳こいて母親を困らせるマイペースボンクラだと思われていたシヴドゥの神性が知れ渡る。シヴドゥはそれを滝の下へ運んでいき、「これで1000回といわず無限に水がかけられて願いが叶う」と言ってのける。アマレンドラ・バーフバリは国母シヴァガミによる悪魔払いの儀式で活躍する。王宮から神殿まで歩調を崩さず歩まねばならない儀式の最中、突然象が暴れ出す。人々が逃げ惑う中、バーフバリは3〜4階建てくらいある巨大な山車を引いてきて象にぶつけて我に返らせ、シヴァガミは山車の下をくぐって歩き続け、儀式を完遂する。それぞれ前後編の序盤において、2人の主人公のスケールのでかい行動と、周囲の驚き(皆これでもかと言うほど目をかっぴらく)でその特別さが明示される。

 しかしこの映画はただ単に豪快というだけでなく、対比または繰り返しによって呼応するシーンがいくつも登場する。バーフバリ父子はそれぞれ恋仲になるデーヴァセーナとアヴァンティカ(2人とも強い)から最初は敵意を向けられて胸に剣を突き立てられる。先ほど言及した悪魔払いの儀式も、『凱旋』のラスト近くでデーヴァセーナによって再演される。その際に発生した障害がどのように乗り越えられるかという部分はまた別のシーンとの対比になっていて、こういった仕掛けを探すのもとても楽しい作りになっている。

 さらにここである疑問が湧く。「シヴァガミによる悪魔払いは、息子(=アマレンドラ・バーフバリ)の助力によって儀式そのものは成功した。しかしこの後本来の王アマレンドラ・バーフバリは殺され、マヒシュマティ王国は25年間暴君バラーラデーヴァの圧政に苦しむことになったのだから、結果として失敗に終わったと言える。25年後にデーヴァセーナが同様に息子(=シヴドゥ=マヘンドラ・バーフバリ)の助力で儀式を完遂したが、果たしてこれは再び災いを呼び寄せないと言い切れるのか?」この懸念は、『凱旋』のラストシーンで映されるあるものによって杞憂だとわかる。これに気づいた時には本当に鳥肌が立った。

 あと、「オーソドックスな神話」としてはバーフバリ2部作には特殊な点があって、それは父親の影が薄いことである。マヒシュマティ王国の建国者であるアマレンドラ・バーフバリの父は彼が生まれる前に死んでいるし、アマレンドラ・バーフバリも息子マヘンドラ・バーフバリの顔を見ずに殺されてしまった。バラーラデーヴァの父は自分の不遇を能力不足ではなく障害のせいにしている人物で、乗り越えるまでもない人間として描かれている。クンタラの王であるデーヴァセーナの兄は、彼女が武術に熱中しているのを全く止めず、デーヴァセーナの意志を最大限尊重している。母親(シヴドゥの育ての母、シヴァガミ、デーヴァセーナ)がめちゃくちゃ強いのに対して強権的な「父」が全く登場せず、したがって「父殺し」も起こらないのは何故なんだろうか。インド神話を全く読んだことがないのでわからないんだけど、インド神話に特有のものなのか、それとも今の時代を反映したものなのか?

 

その他気になったところは、

・『伝説』で登場したイスラーム商人風の武器商人アスラム・カーンが『凱旋』で出てこなかったのはショックだった。カッタッパに「助けてほしいことがあれば何でも言ってくれ」みたいなことを言っていたので、絶対バラーラデーヴァ戦で強い武器を提供してくれると思っていた。

・25年間幽閉されていたとはいえ、デーヴァセーナにはバラーラデーヴァ戦で文字通り一矢報いてほしかった。

・『凱旋』でアヴァンティカのバトルシーンをもっと見たかった。

 などいくつかあったが、全体の良さが百点満点中+1000点に対して上記の不満が各−1点みたいな映画だった。半分考察みたいになってあまり言及できなかったけどぶっ飛びアクションも多くてすごく楽しかった。

 

 

 感想は以上です。Twitterから出て不特定多数に向けて映画の感想書くの難しいですね。頑張ります。

 

2018/3/22 出町座でバーフバリを観てきた

 やっとバーフバリ2編イッキ観できた。実は21日にも出町座に行ってみたけれど、雨の祝日だったせいか10分前にはもうチケット完売で、22日のリベンジとなった。

 

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3/21の鴨川デルタ、賀茂川と高野川で前日の降水量が違うらしく、合流地点ではっきり色が分かれていて見応えがあった。

 

 バーフバリめっちゃ面白かったんだけど、内容について書いていたら収拾がつかなくなってしまったので感想は単独で別記事にします。

 出町座は良いところだった。ロビーは深い赤が基調になっていて、パンフの他に本も売っていた。歌集が置いてあったのも嬉しかったですね。劇場は2階と地下の2つあり、私が入った地下はたぶん座席は40あるかないかだった。最前列はスクリーンとの距離が近くてやや観づらかったが、座席はふかふかで約4.5時間座っていても全く苦にならなかった。フードとドリンクのメニューは手作りのおしゃれ系(いちごの自家製ジュースとか)だった。今回は大金欠で何も頼まなかったけれど次は挑戦したい。

 地元はド田舎でシネコンでしか映画を見てこなかったので、こういうこじんまりしたところに入ると未だに無条件でわくわくしてしまう。私が住んでいる一乗寺も、かつては映画館のあるちょっと大人の繁華街だった(スナックが多いのがその名残りかも知れない)のだがずいぶん前に無くなってしまったらしく残念。復活してサブカルエリア化が進んでくれないかなあ。

demachiza.com

 

 出町座のある出町柳の枡形商店街に行ったのは、1回生のときのどこかのサークルの新歓お散歩企画以来かもしれない。普段の生活は下宿〜大学と三条〜四条、京都駅周辺でほぼ完結してしまうので、近いのに地味に全然行かない場所だ。久々に歩いてみると結構面白い看板などがあって楽しかった(ちなみに、30分皿洗いでお腹いっぱい食べさせてもらえることで有名な王将の店舗もこのすぐ近くにある)。

 

 

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なんで胴体だけ残して塗り替えたのかわからなくてこわい。

 

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抽象化された天狗だ

 出町座に行くたびに商店街歩きもしたいですね。